今年のもう夏も終わって。
日差しはまだ痛いくらいだけど
吹く風は心地良い涼しさで、それが辛かった。
いっそのこと涙も貴方への気持ちも乾くくらいに暑い日ならどれだけ良かったか。
どれだけ、良かっただろう。
ベランダに出て煙草に火をつける。
煙を吸って、吐き出す。
左手のスマホに目を落とした。
そこに表示されているのは好きな人からのライン。もう終わった恋だと終わらせたはずだと、思っていたのに。
そこに書かれている一言だけでかつての感情が蘇る。
情けない。愛しの人の幸せを心から願えないなんて馬鹿みたいだ。
風が吹く。火が揺れる。まだ私はあの人の事を好きだったのか。
今更、そんな物を思い出したところで何になると言うのだろう。そう思う心とは裏腹に、頭は回って記憶を掘り起こす。
あの人に出会った時のこと
眠い目を擦りながら電話を待っていたこと
初めてあった時のこと
あの人を好きになったこと。
「好きだった、、、だった、筈なのになあ」
つい口から漏れた言葉は
煙と一緒に風に乗って空へと消えていく。
手を伸ばした。当然掴める筈もなく
手を広げてみても当然その中には何もない。
それが、そんな当たり前の事が辛くて、苦しくて。
好きだった。
大好きだった。
愛してた。
それは全部過去の事。
もう私も前を向いて、あの人も前を向いていた。
だからあの人は幸せになって、それを嬉しそうに私に教えてくれた。
喜ばしい事だ。私は素直に「おめでとう」と返事をするべきだ。けれど、私は未だに返事を出来ていない。
どうしてか、なんて分かりきっている。
あの人はしっかりと前を向いていた。
そんな人だったから好きになった。
そんな人だから、私から離れていった。
後ろしか過去にしか顔を向けれない私から。
嗚呼、分かった。分かってしまった。私だけが、前を向けていなかったんだ。
何かが頬を伝って落ちていく。床に染みを作る。
認めない、認めたくない。こんな惨めな気持ちに満たされて、泣きたくなんかない。
嗚咽が漏れる。知らない内に煙草の火は消えていた。何かで濡れてしまったみたいだ。雨は降っていない筈なのに。
「あぁ……うあぁあ…」
視界が歪む、息が出来ない、胸の中で渦を巻く感情に締め付けられて、立っている事すら出来なくなる。
愛しい人を呼ぶ。
好きな人を呼ぶ。
好きだった筈の人を呼ぶ。
何も返ってこない。
空は綺麗に青く澄んで、私の醜い心を照らす。
好きです。大好きです。貴女が好きです。
貴女の事だけが、大好きでした。貴女の幸せを願います。
どれだけ叫んでも何も変わらない。思い浮かぶのはあの人の事ばかり。嘘だ。好きな人の幸せを心の底から祝えるほど私は強くない。私は弱い人間で、だから強い貴女を好きになったのに。
惨めだった。情けなかった。
私は立ち止まって泣き続けるしか出来なかった。
涙でぐちゃぐちゃになっても愛しい人ばかりが心に浮かぶ。
大好きです。貴女がどう変わっても私は貴女のことが大好きでした。それにたった今、漸く気付きました。
貴女の仕草が。
貴方の言葉が。
貴方の優しさが。
貴方への想いが
呪いのように焼き付いています。
汚くて愚かな私でも、無理やり貴女の幸せを願います。ですから、どうか許してください。
貴女に恋焦がれ続ける事を許してください。
おめでとうございます。ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい。
溶けていく。私の心が、感情が、想いが。溶けて混ざって、いつの日か消えてなくなって、前を向ける日が来るのだろうか。
いつか貴女みたいに前を向いて、強くなって、幸せになれたならいいなと思います。
その時貴方はもう私の側にはいないだろうけど。