病名 恋煩い

いらなくなって捨てた傘

人殺し

「あ〜ごめんね、別の人ができたから。じゃあね、適当に君も幸せになりなよ」

 

他人に近付いて

知り合いを惑わせて

友達の弱みを抱き締めて

親友に嘘の弱みを吐き出して

大切な人と体を交えて

 

私だけの物にする。

 

愛情をひたすら貪って、飽きたら捨てる。男も女も関係ない。自分好みの人間はこの世に山程いる。

 

どっかの馬鹿が別れ際。

君じゃ無いとダメなんだ、せめて友達とやり直してくれみたいな事を言ってたけど。

 なんで私がそんなことをしないといけないのか、めんどくさい。

 

好きなだけやりたいように。

骨の髄までしゃぶり尽くして。

駄目にするこれが私の殺し方。

 

 

 

 

「ねぇ、貴方さいつまでこんな事してんの?」

 

ガヤガヤと煩い安っぽいバーにお似合いの女が

ハイボールを啜りながら、私を睨む。

 

傷んだ肩まで伸びた黒髪。

濃いアイシャドウ。

カラコンで大きくした瞳で。

私の出方を伺っていた。

 

目の前の女はまた、私を睨みつける。

 

親の仇でも見るような、でも、気持ちの悪い劣情を込めた目で。


はぁ…いい加減分かって欲しいものだ。

私は飽き性だから、一度興味を無くした物に。

再び愛情を向ける事なんてありはしないのに。


未練がましく揺れるピアスが癪に障る。

何年前に贈った物だと思っているんだ。

 

ピアスよりも髪の手入れをしろと言ってやりたい。

 

確かに目の前の女の事は特別気に入っていた。

過去関わって来た人間の中でも一二を争う程に。

 

都合良く私に心酔していて頭が悪く

居心地が良く

なによりも優しかった


だけどそれも過去の話。

今の私にとって、ハイボールを啜り。

毎晩話しかけてくる、この女は煩わしいだけなのに


「そう、…ねぇ、貴方がそんなんでもさ、私は今でも…貴女の、事を」


財布から飲んだ分の金を取り出し

机に叩きつける。

 

一瞬、バーが静まり返って私に視線が集まった。

 

だけどそれも数秒の事。

人は他人に対してさほど興味はない物だ。

バーは元の喧騒を取り戻して、流行りの音楽に合わせて客は酒を飲む。

 

飲んでいないのは、私と目の前の女だけ。

泣きそうな顔をしている。それすらも今の私にはうざいだけ。


立ち上がってバーを出る。

外の空気はバーの中より幾らかマシだった。


「ねぇ、待ってよ!私が悪かったから…!」


後ろから声が聞こえる。それを脳味噌からシャットアウトして、私は足を動かす。

それでも喧しい足音と声は止まずに、私に近付いてくる。

 

一度だけ舌打ちをして、立ち止まって、振り向く。一瞬だけ、相手の顔には期待が浮かんでいた。

 

少し考えれば、私が救いを与える事なんてないと分かると思うのだが、相変わらず頭が悪い。


睨んで、顔を歪ませる。

それだけで女は顔を怯えに染め、立ち止まった。


惨めだ。あまりに惨めで滑稽で、笑ってしまいそうになる。

もっとも、こうしたのは他の誰でも無い私なのだけれど。  

 

この女と会う事はない。置き去りにして歩き出す。

 

夜の月が私を照らしていた。

真っ直ぐに輝いていた。

 

あんな風に、何も知らずに、ただひたすらに綺麗でいられたら、それはどれだけ良い事だろう。
それはどれだけ、美しい事だろう。