病名 恋煩い

いらなくなって捨てた傘

夏の暑さ 2

その後から貴方は私の目を見てこなくなった。
普段なら鬱陶しいくらいに私の顔を見てくる癖に。

 冷房もつけずに、ぼたぼたと汗がベッドに落ちて、溶けてしまいそうなほど心と体は熱くて。幸せ。とても幸せだけれど、貴方の優しさが何故か痛かった。
それはまるで別れを告げるようで。

 熱で目眩がしそうなほどに求め合って、心は一方通行のまま体だけで愛し合った。貴方はやっぱり私の事を見ずに、私は貴方だけを見て、優しいけれど乱暴なセックスをした。涙を堪えるのに必死だった。

 私は都合のいい女なのだから、ここで泣いたら面倒な女になってしまう。それが嫌で嫌で仕方ない。縋るように体を抱き締めた。

 

 

 

 

 

 翌朝、目が覚めると隣には誰も寝ていなかった。
人の気配がしない。

 嫌な予感がした。
変な汗が背中を伝った。

テーブルの上に無造作に置かれた
あなたのペンとメモ書き。

 『ごめんなさい。
突然ですが、私は愛する人と結婚する事になりました。貴女との日々はとても楽しかったけれど。私達は体だけの関係だったみたい。許してとは言わないわ。気持ちを分かっていながら、ずっと無視をしていたのだから。
好きなだけ私の事を恨んでください。いくら罵っても構わない。私を嫌いになってくれる事を願います。
私の事を恨んで罵って嫌いになって、いつか忘れてそのまま生きてください。自分勝手のエゴだけれど、貴女の幸せを一番願っています。』


 流れた涙が何を意味するのか、私には分からなかった。分かってはいけないと思った。悲しみを認めたらダメだ。捨てられたという事実を見つめてしまったら、私は。

 「こんな事書いてさ……ずるい女、私が嫌いになれないなんて、解ってる癖に」

 自分で口に出して、酷く惨めだった。駄目だ。こんなのを抑え切る事なんて出来やしない。私は捨てられた。

昨夜の公園での夜を思い出す。
星空は言葉にできないほど綺麗で
貴方の手は暖かくて柔らかくて
風が運んでくる夏の終わりはむせ返る程に優しくて。

 自分でも驚くほどに大きな声で泣き喚いた。心に穴が開いてしまったみたいだ。
ぐしゃぐしゃになったメモ書きの『貴女の幸せを一番願っています』という文章が目に入る。


私の愛する人
貴女に会う事が出来ない。
貴女の笑顔を見る事が出来ない。
貴女の為にご飯を作る事が出来ない。
貴女と一緒に夏の夜を過ごせない。

貴女の好きな夏を、貴女と一緒だから好きになれた夏を、もう愛する事が出来ない。

朝の風は肌寒いくらいで蝉の声はもう聴こえない。私は、私は。

 「分かってたけどさ、私はさ、貴女と…幸せに……」

 思い出が頭の中で何度も何度も私を殴る。私の愛した人との記憶は夏の事ばかりで、思い出は幸せに満ちていて、


 夏の終わりに、私は夏を嫌いになった。