病名 恋煩い

いらなくなって捨てた傘

私の幸せに貴方がいないお話

気持ちの良い朝だった。

夏の暑さと湿気が消えていく夜の空気の中で

 

好きなお酒を飲んで。

好きな音楽を聴いて。

好きな煙草を吸う。

好きな人の声を聞く。

 

私はこれが一番好きだった。

一番好きなはずだった。

大好きな時間だった筈なのに

手の届く距離に声の届く場所に貴女が居ない。

一生動くはずがないトーク履歴を遡る。

 

何かが崩れてしまったような。

何かが欠けてしまったような。

そんな感覚に包まれる。


私の幸せはなくなってしまった。

貴方が居なくなっただけなのに。

 

煙草の煙を肺へと入れていく。

薄い充足感に満たされて。

煙を口から吐き出した。

あなたへ贈るはずだった言葉を込めて。

 

好きでした

愛していました

幸せにしたいと思っていました

幸せに出来るのは私だけだと思っていました。

 

傍らに置いたブラックコーヒーを流し込む。

一息吐いて空を見る。


綺麗な秋晴れだった。

遠くに見える雲は真っ白で。

青空は何処までも澄んでいる。

夜の特別な美しさが大好きだった。

この時間が幸せだった。

 

でもどうしてか。

 

私は今何かが足りないような気がしてしまう。 

それがなんなのか、そんな事は私が一番分かっている。

 

振られた。理由は馬鹿みたいに単純で

その人が私に興味が無くなった

ただそれだけ。

 

それだけの事で、私とあの人の時間は終わってしまった。貴方との時間は更新されることなく過去の物になってしまった。


好きだった。

大好きだった。

愛していた。

 

今までで一番これ以上はないくらいに。人間、簡単には割り切れないもので、振られた日の事を今でも鮮明に思い出せる。

 

「ねぇ、本当に私じゃ駄目なの?」
「ごめんね」


貴方はごめんと言っていたけれど

私の方に見向きもしてくれなかった。

それが、なんだか無性に悲しくて、泣いてしまいそうだった。


「私は、貴方のこと大好きだよ?今まで生きてきて、こんなに誰かを好きになったことないの。」


「そんな事、貴女以上に私が一番分かってるわ」

 

それが最後だった、貴方は結局一度たりとも振り返らずに私の部屋を出て行ってしまった。


煙を吸う。お気に入りの煙草だった筈なのに

今では何処か味気なく感じる。

 

酒を煽る

好きな味だった筈なのに

ただ苦いだけだった。

 

スマホから音楽を流す。

何度もリピートするくらい大好きだったのに。

今では耳障りで、聴いていたくない。


秋晴れの空を見る、大好きな時間だった。

お気に入りの時間だった。

幸せな時間だった筈だ。

なのに、それなのに


「なんで、こんなに悲しいのかな」 


何処までも澄んだ青空と、眩しいくらいに真っ白な雲。何も変わらない、空だけは美しく変わらずに私を見下ろしている。

だと言うのに何故か、今の私にはどうしても色褪せて見えてしまって。


美しい空に、幸せな時間に包まれて

私だけが醜く泣き喚いていた。

止まらない。止まない。止めなきゃ。

泣いていたくない。

私の一番の時間にこんな風に潰されたくない。


でも、私の想いを無視して涙は溢れ続けて

秋空は澄んでいて。

煙草は煙を揺らして。

お酒は苦いままで。

音楽は空気に溶けていく。

 

私だけが、見苦しい
私だけが、醜いままだった。
私だけが、幸せで居られなかった。
私だけが、前に進めない