汗で額に張り付く髪。
鬱陶しいくらいの蝉の声 。
容赦なく肌を焼く日差し。
夜中の特別な涼しさ。
夏が好きだった。好きな人が好きだったから。
夏が好きだった。日が長く明るい時間が多いから。
夏を嫌いになった。好きな人が居なくなったから。
夏を嫌いになった。日が長く明るい時間が多いから。
夏の暑さを愛していた。愛する人との性行為が溶けてしまいそうなほど気持ち良かったから。
夏、夏、夏。思い出すと愛した人との思い出は夏ばかり。だから私は、夏を嫌いになった。
私には世界で一番大事な友達がいる。彼女は金曜日になると私の家にきて、ご飯を食べて、同じベッドで寝て、翌朝には帰る。
それだけの関係。私と彼女を繋ぐのは体だけ。
恋人ではない。だから、友達。
世界で1番好きな友達。
「…まぁ、その友達に片想いしてるわけだけど」
誰もいない部屋、独り言が漏れる。窓の向こうから聴こえる蝉の声がそれを掻き消してくれた。
「恋」というものは恐ろしい。
私はただ暑いだけの夏が嫌いだった。夏に熱い物や辛い物を食べるのが理解できなかった。
けれど、私の好きな人は夏が好きだと言った。夏に食べる熱いものが好きと言った。
それだけなのに、気付けば夏を愛している。ジメジメとした騒がしい夜が好きになってしまった。本当に、単純で笑ってしまう。
玄関から鍵の開く音がする。少し経って扉が開いて、気怠げな声が聞こえてきた。
「あっづぅ……カレーの匂い。冷房さいっこう…今日もきたよー」
「はい、いらっしゃい。カレー今できたとこだよ。食べる?」
「食べる!ただいま!」
「あの、別に私の胸は貴方の家じゃないんだけど。暑いし、ほらお皿出すのとか手伝って」
「うるせえぞ巨乳。私を癒せ。はぁやわらけぇ〜」
いきなり顔を埋めたと思ったら、わざわざシャツの中に手を入れて、直で揉んできやがった。ベッドの上まで我慢できないのか。いや、嬉しいんだけど。
机を挟んでシチューを食べる。1週間分の愚痴を私にぶちまける。私の手作りのシチューを食べながら。
私はこの時間が好きだった。まるで恋人になったような気分に浸れるから。
「ちょっと待って、せめて洗い物してから…」
「いいじゃん。私は溜まってんの。嫌じゃないでしょ?」
「んっ…強引なんだから…」
私の友達は分かりにくいようで分かりやすい。例えば辛い事があった時、それを口に出すような事はしないけれど、代わりに愛撫が激しかったり。
今日はかなり盛っている。きっと仕事で嫌な事でもあったのだろう。こういう時の貴方は気が済むまで止まらない。理不尽なストレスを性欲に変えて私にぶつけている。その事実が嬉しかった。
翌朝、目が覚めると貴方はまだ眠ったまま。軽い朝食を用意して、起きたら一緒に食べて。少しゆっくりした後に貴方はお金を置いて帰っていく。
これが私と彼女の日々。ご飯を食べて一緒に寝るだけの関係。そんな相手に片想いをしているという事実は私の胸を締め付けるけれど、現状に満足している私もいる。
たまに2人で散歩に行ったりもする。3ヶ月に1回くらい気が向いた時にだけ。
これでいい、これ以上を求めるのはきっと悪い事だから。
貴方にとって私は都合のいい女なのだろう。それでもいい。傍に置いてくれるなら。
その日は夏も終わると言うのに、随分と蒸し暑かった。けれど夜になって吹く風は心地よくて、夏の終わりを肌で感じる事ができた。
珍しく、私を散歩に誘って来た、近所の公園まで歩いて、自販機で珈琲を買った。2人で回し飲み。雲がひとつもなく夜空がとても綺麗だった。
「…ねぇ、手、繋いでもいい?」
「……どうしたの?貴方がそんな事言うなんて。いいけど。はい」
「ん、ありがと」
私は普通に手を繋ぐだけだと思っていたのだが、指を絡めてきた。悔しくも胸が高鳴ってしまう。
貴方何も言わなかった。
私の顔を見る事もしなかった。
何をするでもなく、強く強く私の手を握っていた。
普段はそれ以上の事をしている癖に、今この瞬間はいつもより心臓が煩かった。
今日の彼女はとても優しい。そんな気がする。
どれくらい経っただろうか。不意に立ち上がり
私の手を取る。やっぱり貴方は喋る事は無くて、私も何も言わなかった。